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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8999号 判決

原告 インド・ステイト銀行

日本における代表者 ジェイ・ディ・モヒレ

右訴訟代理人弁護士 石川正

同 塚本宏明

同 和仁亮裕

同 上田裕康

同 元井信介

同 岡村久道

右塚本宏明訴訟復代理人弁護士 田中千博

被告 韓國外換銀行

日本における代表者 李男直

右訴訟代理人弁護士 北林博

主文

一  被告は、原告に対し、金五万五三四七・〇九米国ドルを支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四九万六六〇〇米国ドル及びこれに対する昭和六〇年一二月二八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告は、インド共和国法に基づいて設立された銀行であり、被告は、大韓民国法に基づいて設立された銀行である。

2  本件信用状の発行

被告本店は、昭和六〇年一二月一三日、大韓民国法に基づく法人である株式会社青(以下「青」という。)の依頼により、青が日本の南西貿易有限会社(以下「南西貿易」という。)から計算機(以下「本件商品」という。)を輸入するについて、南西貿易に対し、別紙目録記載の内容の取消不能の一覧払い信用状(以下「本件信用状」という。)を発行した。

3  被告大阪支店による再買取りの約束

(一) 原告大阪支店は、昭和六〇年一二月二〇日、南西貿易から本件信用状に基づく荷為替手形の買取りを依頼されたので、本件信用状が呈示を要求する書類(以下「本件信用状要求書類」という。)を点検したところ、検査証の中に、信用状条件との不一致及び若干のタイプミスを発見した。そこで、原告大阪支店は、直ちに、南西貿易に対し、その旨を説明するとともに、被告大阪支店に対し、翌二一日、本件信用状の発行銀行に、このままで買取りが可能か否かを問い合わせる電信照会の手続をとるよう依頼した。

(二) 原告大阪支店は、南西貿易から、昭和六〇年一二月二五日、タイプミスを補正し、本件信用状の信用状条件と一致する別の検査証の呈示を受けたので、本件信用状に基づき荷為替手形を買い取った。そこで、原告大阪支店は、被告大阪支店に対し、右同日不備や不一致がなくなった旨を通知し、本件信用状要求書類を呈示して右手形の再買取りを求めたところ、被告大阪支店は、右書類を受領し、翌二六日、原告大阪支店に対し、右手形を再買取りし、手形金金四九万六六〇〇米国ドルを昭和六〇年一二月二七日に支払う旨を約束した。

(三) そこで、原告大阪支店は、被告大阪支店に対し、昭和六〇年一二月二七日午前、本件信用状に基づき荷為替手形の再買取りを求めたところ、被告大阪支店は、原告大阪支店に対し、右荷為替手形の再買取りが完了したことの確認として、金四九万六六〇〇米国ドルのアドバイス・オブ・クレジット(advice of credit)を発行・交付し、更に、再買取代金の支払手続を行ったことの証明として、原告大阪支店が振込先として指定したチェース・マンハッタン銀行大阪支店に対する振替依頼書の写しを交付した。

(四) したがって、被告大阪支店による本件信用状付き荷為替手形の再買取りは、昭和六〇年一二月二五日遅くとも同月二七日には完了したものである。

また、アドバイス・オブ・クレジットは、ノーティス・オブ・クレジット(notice of credit)と同じく、債務確認書を意味し、その交付は、独立した債務負担行為である。

4  よって、原告は、被告に対し、本件信用状に基づく荷為替手形の再買取りの約束及びアドバイス・オブ・クレジットの交付による債務負担行為に基づき、再買取代金金四九万六六〇〇米国ドル及びこれに対する右代金の支払日の翌日である昭和六〇年一二月二八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(当事者)は認める。

2  請求の原因2(本件信用状の発行)は認める。

3  請求の原因3(被告大阪支店による再買取りの約束)の(一)は認める。原告大阪支店から電話照会の依頼を受けた昭和六〇年一二月二一日は土曜日であったため、被告大阪支店は、本件信用状の発行銀行である被告本店に対し、翌々日、打電した。(二)のうち、原告大阪支店が南西貿易から、昭和六〇年一二月二五日、タイプミスを補正し、信用状条件と一致する別の検査証の呈示を受けたことは不知、その余は認める。ただし、本件信用状に基づく荷為替手形再買取りの約束には、後記抗弁1の停止条件が付いていた。(三)は認める。ただし、被告大阪支店は、チェース・マンハッタン銀行大阪支店に対し、口座振替依頼書を提出しておらず、支払手続は完了していない。(四)は争う。アドバイス・オブ・クレジットは、入金通知書を意味し、債務確認書を意味するものではない。

三  抗弁

1  停止条件

原告大阪支店と被告大阪支店とは、本件信用状に基づく荷為替手形再買取りの約束をした際、発行銀行が被告大阪支店に対する補償を拒絶したときは、原告大阪支店が被告大阪支店に対し手形金を返還する旨記載した保証書(letter of guarantee)を、原告大阪支店が被告大阪支店に対し差し入れることを停止条件とする旨合意した。

2  相殺

(一) 外国為替公認銀行間の信用状に基づく荷為替手形の再買取取引においては、信用状発行銀行が支払を拒絶したときは、再買取依頼銀行は、買戻しに関する約定書の有無にかかわらず、また、信用状発行銀行の支払拒絶の理由の如何にかかわらず、再買取銀行から買戻しの請求を受けると、直ちに荷為替手形を買い戻さねばならない旨の外国為替公認銀行間の商慣習ないし商慣行がある。

(二) 原告及び被告は、いずれも、外国為替公認銀行であり、本件信用状の発行銀行は、被告大阪支店から本件信用状要求書類の呈示を受けたにもかかわらず、被告大阪支店に対し、昭和六一年一月八日、本件信用状に基づく支払を拒絶したため、被告大阪支店は、原告大阪支店に対し昭和六二年一一月六日の本件口頭弁論期日において後記(三)のとおり相殺の主張をして荷為替手形の買戻しを請求したものであるから、被告大阪支店は、右商慣習ないし商慣行に基づき、原告大阪支店に対し、荷為替手形の買戻代金として金四九万六六〇〇米国ドルの支払を請求する権利を有する。なお、被告大阪支店は、原告大阪支店に対し、荷為替手形を含む本件信用状要求書類を返還済みであるので、被告大阪支店の右請求権は、同時履行の抗弁権の付着しない、自働債権として相殺可能な債権である。

(三) 被告は、原告に対し、昭和六二年一一月六日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する右請求権をもって、原告の被告に対する荷為替手形の買取代金請求権とその対当額において、相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(停止条件)は否認する。

2 抗弁1(相殺)の(一)記載の商慣習ないし商慣行があることを否認する。右商慣習ないし商慣行の存在を肯定する鑑定人飯田勝人の鑑定の結果は、その根拠となる具体的取引の例証に乏しく、また、全国銀行協会連合会が制定した外国向為替手形取引約定書が買戻しにつき規定を置いていることをその根拠として掲げながら、右約定書がどの範囲で使用されているか、特に外国銀行の在日支店において使用されているかにつき調査がなされていないこと、実際の取引において、右商慣習ないし商慣行があれば全く不必要なはずの保証書や念書(letter of indemnity)が利用されていること等に鑑みると、信用することができない。そもそも、取消不能信用状の制度は、発行銀行が、信用状条件と文面上一致する書類の呈示を条件に荷為替手形の支払を確約する点に、その制度的基盤があるにもかかわらず、本件商慣習ないし商慣行は、発行銀行が不当な理由によって補償を拒絶する場合にまで、再買取銀行が、信用状統一規則に基づき当然に有する補償請求権を行使しないで、再買取依頼銀行に対し買戻しを請求することを認めるものであって、取消不能信用状の制度的基盤を空洞化するものであるから、そのような商慣習ないし商慣行は認められるべきではない。また、仮に、日本の特殊事情により、国内銀行間の取引については、被告が主張する内容の商慣習ないし商慣行が認められるとしても、外国銀行の在日支店間の取引についてまで、右商慣習ないし商慣行による拘束を認めるべきではない。(二)のうち、原告及び被告が、いずれも、外国為替公認銀行であること、本件信用状の発行銀行が被告大阪支店から、本件信用状要求書類の呈示を受けたこと、被告大阪支店が原告大阪支店に対し、荷為替手形を含む本件信用状要求書類を返還済みであることは認めるが、本件信用状の発行銀行が被告大阪支店に対し、昭和六一年一月八日、本件信用状に基づく支払を拒絶したことは不知、被告大阪支店が、被告主張の商慣習ないし商慣行に基づき、原告大阪支店に対し、荷為替手形の買戻しを求めて、その代金として金四九万六六〇〇米国ドルの支払を請求する権利を有することは争う。

五  再々抗弁(抗弁2に対し)

たとえ、被告の主張する商慣習ないし商慣行の存在が認められたとしても、原告大阪支店は、被告大阪支店に対し、前記の念書を差し入れない形で、本件信用状に基づく荷為替手形の支払を求め、被告大阪支店は、これに応じたのであるから、両当事者間には、右荷為替手形の支払につき、右商慣習ないし商慣行の適用を排除する旨合意が成立した。

六  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因のうち、原告大阪支店が南西貿易から、昭和六〇年一二月二五日、タイプミスを補正し、信用状条件と一致する新しい検査証の呈示を受けたことは、証人ヴィレンダー・カッカーの証言によりこれを認めることができ、その余は、アドバイス・オブ・クレジットが債務確認書を意味し、その交付が独立した債務負担行為であることを除き、いずれも当事者間に争いがない。

しかし、アドバイス・オブ・クレジットの交付行為が、独立した債務負担行為となることを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、《証拠省略》によれば、被告大阪支店が原告大阪支店に対し交付したアドバイス・オブ・クレジットは、被告大阪支店が、本件信用状に基づき、チェース・マンハッタン銀行大阪支店の原告大阪支店の口座の貸し方に金四九万六六〇〇米国ドルと記入したことを原告大阪支店に対し通知する内容に止まり、被告大阪支店が独立した債務負担行為をすることを示す内容を含んでいないことが認められる。したがって、被告の原告に対するアドバイス・オブ・クレジットの交付を根拠とする原告の請求は、理由がない。

二  被告大阪支店が原告大阪支店に対し、本件信用状に基づき荷為替手形の再買取りをする旨の約束をしたことは、当事者間に争いがない(なお、右再買取りの合意は、前項の争いのない事実によれば、結局、昭和六〇年一二月二七日に成立したものと認めることができる。)ので、原告大阪支店と被告支店とが、右約束をした際、原告大阪支店が被告大阪支店に対し保証書を差し入れることを停止条件とする旨合意した否か(抗弁1)につき、検討を加える。

証人金勉は、この点につき、同人は、被告大阪支店における本件信用状の担当者であるが、同人が、原告大阪支店の本件信用状の担当者である吉永ユキコに対し、昭和六〇年一二月二六日、電話を架け、本件信用状に基づく荷為替手形の支払の条件として、保証書の差し入れを求めたところ、右吉永ユキコは、その差し入れを了承し、もって、右合意が成立した旨証言する。

しかし、被告大阪支店が原告大阪支店に対し、昭和六〇年一二月二七日の午前中には、アドバイス・オブ・クレジットとチェース・マンハッタン銀行大阪支店に対する振替依頼書の写しを交付していることは、当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、原告大阪支店は被告大阪支店に対し、本件信用状に基づく取引に関し、保証書を交付していないことが認められるところ、もし、右停止条件に関する合意があるとすれば、被告大阪支店は、停止条件が成就する前に、本件信用状に基づく荷為替手形の支払手続に着手したことになり、不自然である。

また、《証拠省略》によれば、金勉は、昭和六〇年一二月二七日の午前中、原告大阪支店を訪れ、同支店から、電信照会の取消依頼書の交付を受けたが、その際、同支店に対し、保証書の交付は請求しなかったことが認められるが、右事実も、原告大阪支店と被告大阪支店との間に前記停止条件に関する合意があったことと整合しない。なお、証人金勉は、右の点に関し、保証書の交付を請求しなかったのは、同人が受け取った書面に保証文言も含まれていると誤信したためである旨証言しているが、右証言は、金勉が原告大阪支店を来店した目的は、電信照会の取消依頼書とともに保証書の交付を受けるためであった旨の同人の証言と合わせて考えるとき、合理性を欠き、また、《証拠省略》によれば、金勉は、電信照会の取消依頼書の交付を受けた際、右書面上に受取りを証する押印をしたが、右書面の本文は、わずか二行の英文であること、同人は、相当の英語の理解力を有していることが認められるところ、右各事実に照らせば、受け取った書面に保証文言も含まれていると誤信した旨の証人金勉の右証言は信用できない。

更に、後記三の1において認定するとおり、外国為替公認銀行間においては、取消不能の支払信用状に基づき荷為替手形の支払がなされた場合、支払銀行は、保証書等の交付を受けていなくても、発行銀行から補償を拒絶されたときは、支払依頬銀行に対し、手形の買戻しを請求できる旨の商慣習ないし商慣行が存在し、かつ、《証拠省略》によれば、金勉は、右商慣習ないし商慣行を熟知していたことが認められる。右各事実に照らせば、金勉が、原告大阪支店に対し、同支店が保証書を差し入れない限り、本件信用状に基づく荷為替手形の支払をしない旨申し入れたというのは、たとえ、念のための措置とはいえ、不自然である。

したがって、原告大阪支店と被告大阪支店との間において、停止条件に関する前記合意が成立した旨の証人金勉の証言は信用できない。また、他に、右合意が成立したことを認めるに足りる証拠はないから、右停止条件に関する被告の抗弁は理由がない。

三  次に、相殺の抗弁(抗弁2)及びこれに対する再々抗弁について、検討する。

1  《証拠省略》によれば、外国為替公認銀行間の信用状に基づく荷為替手形の再買取取引において、信用状発行銀行が支払を拒絶したときは、再買取依頼銀行は、保証書等買戻しに関する約定書の交付を受けていなくても、信用状発行銀行の拒絶の理由の如何を問わず、再買取銀行から買戻しの請求を受けると、直ちに荷為替手形を買い戻さなければならない旨の外国為替公認銀行間の商慣習ないし商慣行(以下「本件商慣習ないし商慣行」という。)があり、右商慣習ないし商慣行は、外国銀行の在日支店間の取引も拘束することが認められる。

なお、原告は、鑑定人飯田勝人の鑑定(以下「本件鑑定」という。)の結果は信用できない旨主張するので、右鑑定の信用性につい検討を加える。本件鑑定は、我が国においては、支払銀行である外国為替公認銀行が、信用状発行銀行から補償を拒絶された場合、その拒絶の理由の如何を問わず、発行銀行と強く交渉して補償を得ることが困難な実情にあること、したがって、支払銀行である外国為替公認銀行としては、発行銀行の信用力より、自らの直接の取引相手である支払依頼人の信用力を重視せざるを得ず、その結果、信用状に基づく支払を行うに際しては、支払依頼人の買戻し能力につき与信審査を行うとともに、支払依頼人が他の外国為替公認銀行でない場合には、支払銀行が発行銀行から補償を受けられないときは、支払依頼人が荷為替手形を買い戻すべき旨の規定を含む全国銀行協会連合会制定の銀行取引約定書及び外国向為替手形取引約定書の差し入れを支払依頼人から受けていること、このように支払依頼人の信用力を重視する考え方は、国内取引における引受済みの為替手形の割引の場合と同様であること、右取扱の結果、我が国においては、呈示書類の審査が弾力的に行われ、迅速な支払を可能にしていること、荷為替手形の支払の場合、支払依頼人の買戻し債務は、手形の振出人である受益者からの買取りの場合と異なり、振出人の遡求義務として理論的に導き出すことはできないが、支払依頼人と支払銀行との間で、右債務につき合意することは、手形外の特約として有効に認められること、支払依頼人が他の外国為替公認銀行である場合、前記各約定書を差し入れる慣行はないが、支払依頼人としての立場は、外国為替公認銀行以外の支払依頼人の場合と同様なのであるから、その取扱も同様になされるべきであること、鑑定人の所属する東京銀行においては、前記各約定書や念書(let-ter of indemnity)等買戻しに関する書面の差し入れがないのに、他行に対し、買戻しをさせ、また、逆に、他行から買戻しをしたことがあることを根拠に、本件商慣習ないし商慣行の存在を肯定するものであり、右推論に特に不合理な点は見当たらない。原告は、本件鑑定が信用できない理由として、その根拠となる具体的取引の例証に乏しく、また、全国銀行協会連合会が制定した外国向為替手形取引約定書が買戻しにつき規定を置いていることをその根拠として掲げながら、右約定書がどの範囲で使用されているか、特に外国銀行の在日支店において使用されているかにつき調査がなされていないことを挙げるが、証人飯田勝人の証言によれば、本件鑑定は、鑑定人自身の二十数年間にわたる銀行員としての経験と、鑑定人が外国銀行を含む複数の外国為替公認銀行の銀行員から取引の実情を聴取した結果に基づくものであることが認められ、更に、《証拠省略》によれば、右鑑定の結果に符合する文献が存在することが認められるから、これらの事実に照らせば、原告の右主張を考慮に入れても、なお、本件鑑定が信用できないとはいえない。また、原告は、本件商慣習ないし商慣行は、実際の取引において、保証書や念(let-ter of indemnity)が利用されていることと矛盾する旨主張するが、《証拠省略》によれば、保証書や念書は、呈示書類に不備があって、発行銀行の支払確約がないのに、支払依頼人が強く支払を要求する場合に利用されるものであって、常に利用されるものではないことが認められるから、原告の右主張は採用できない。以上により、本件鑑定の結果は信用に値するものと認められ、右鑑定が信用できない旨の原告の主張は理由がないものといわねばならない。

また、原告は、本件商慣習ないし商慣行は、発行銀行が不当な理由によって補償を拒絶する場合にまで、支払銀行が支払依頼銀行に対し買戻しを請求することを認めるものであって、取消不能信用状の制度的基盤である発行銀行の支払確約を空洞化するものであるから、そのような商慣習ないし商慣行の存在は認めるべきではない旨主張するので、この点につき検討を加える。思うに、発行銀行の補償拒絶が客観的には不当なものであっても、発行銀行は、通常は、正当な理由に基づく補償拒絶であることを主張するであろうから、支払銀行が発行銀行から現実に補償を得るためには、長期間の交渉を要し、場合によっては訴訟によらざるを得ないことも予想される。したがって、支払銀行が、そのような手間を避けるために、発行銀行の補償拒絶の理由の如何を問わず、支払依頼人に対し、荷為替手形の買戻しを求めることには、合理性が認められる。また、取消不能信用状の制度は、原告が主張するように、発行銀行による支払確約をその制度的基盤とするものであるが、本件商慣習ないし商慣行は、その適用の結果、荷為替手形の買戻しを余儀なくされた支払依頼銀行が、発行銀行に対し、その支払確約に基づき、直接支払を求めることまで否定するものではないから、本件商慣習ないし商慣行が、取消不能信用状制度の制度的基盤を空洞化するものとはいえない。したがって、原告の右主張は採用できない。

更に、原告は、外国銀行の在日支店間の取引は、本件商慣習ないし商慣行によって拘束されることはない旨主張するので、この点についても検討を加える。確かに、鑑定人飯田勝人の鑑定の結果によれば、米国においては、発行銀行の信用より支払依頼人の買戻し能力を重視する考え方はなく、本件商慣習ないし商慣行は、日本の独特の風土に根ざしたものであることが認められる。しかし、他方、証人飯田勝人の証言によれば、同証人は、外国銀行の在日支店の銀行員からも意見を聞いた上で、本件商慣習ないし商慣行が外国銀行の在日支店間の取引にも適用ある旨証言していること、国内銀行と米国の銀行の在日支店との取引において、買戻しが認められた例があることが認められる。また、《証拠省略》によれば、原告大阪支店は、南西貿易との取引から、本件信用状に基づく取引に先立つ昭和六〇年二月八日、銀行取引約定書の差し入れを受けたが、右約定書には、南西貿易が原告大阪支店から割引を受けた手形につき、その主債務者が期日に支払わなかったときは、南西貿易が当然に右手形を買い戻すべき債務を負う旨規定されていること、原告大阪支店は、南西貿易との間で、昭和六一年六月二六日、本件信用状付き荷為替手形につき、被告大阪支店が支払をしなかったときは、南西貿易が原告大阪支店の受けた一切の損害を担保する旨の合意をしたことが認められ、右の各事実によれば、外国銀行の在日支店である原告大阪支店も、信用状に基づく荷為替手形の支払について、支払依頼人の買戻し能力を重視する考え方を有していることが推認できる。したがって、以上を総合すれば、証人飯田勝人の前記証言は信用に値し、本件商慣習ないし商慣行は、外国銀行の在日支店間の取引も拘束するものであることが認められるから、原告の前記主張はやはり理由がない。

2  ところで、原告は、再々抗弁として、原告大阪支店と被告大阪支店との間の取引は、念書を差し入れないで行われたのだから、右各当事者は、本件信用状に基づく取引につき、本件商慣習ないし商慣行の適用を排除する旨の合意が成立した旨主張するが、念書を差し入れないで信用状に基づく支払がなされたとしても、右事実から、直ちに、本件商慣習ないし商慣行の適用を排除する旨の合意が成立したことを推認することはできず、また、他に、原告大阪支店と被告大阪支店との間で、右合意が成立したことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。したがって、原告大阪支店と被告大阪支店との間の本件信用状に基づく取引についても、本件商慣習ないし商慣行が適用される。

3  原告及び被告が、いずれも、外国為替公認銀行であること、本件信用状の発行銀行が被告大阪支店から、本件信用状要求書類の呈示を受けたことは、当事者間において争いがなく、被告大阪支店が原告大阪支店に対し、昭和六二年一二月六日の本件口頭弁論において、相殺の主張をし、荷為替手形の買戻しを請求したことは当裁判所に顕著であり、また、《証拠省略》によれば、本件信用状の発行銀行が被告大阪支店に対し、昭和六一年一月八日、本件信用状に基づく支払を拒絶したことが認められる。したがって、被告大阪支店は、本件商慣習ないし商慣行に基づき、原告大阪支店に対し、荷為替手形の買戻代金として金四九万六六〇〇米国ドルの支払を請求する権利を有することになる。そして、被告大阪支店が原告大阪支店に対し、荷為替手形を含む本件信用状要求書類を返還済みであることは、当事者間において争いがない事実なので、被告大阪支店の原告大阪支店に対する右請求権は、同時履行の抗弁権の付着しない、自働債権として相殺可能な債権であることが認められる。

4  被告が原告に対し、昭和六二年一一月六日の本件口頭弁論期日において、右買戻しを求め、右同日、被告の原告に対する右買戻代金支払請求権をもって、原告の被告に対する荷為替手形の買取代金支払請求権とその対当額において、相殺する旨の意思表示をしたことは、当裁判所にとって顕著な事実である。

5  ところで、本件商慣習ないし商慣行によれば、被告の原告に対する荷為替手形の買戻代金支払請求権は、被告が原告に対し荷為替手形の買戻請求をした昭和六二年一一月六日に成立したものと認められるから、被告の相殺の主張は、原告の被告に対する金四九万六六〇〇米国ドル及びこれに対する昭和六二年一一月六日から支払ずみまでの遅延損害金の請求権を消滅させる範囲でのみ、理由があるものと認められるが、原告の被告に対する金四九万六六〇〇米国ドルに対する昭和六〇年一二月二八日から昭和六二年一一月五日までの間(六七八日間)に発生した遅延損害金金五万五三四七・〇九米国ドルの請求権は、右相殺によっても消滅しない。

なお、本件鑑定によれば、全国銀行協会連合会制定の銀行取引約定書の規定によっても、再買取依頼銀行に対し、再買取代金を支払った後、買戻しを請求する再買取銀行は、荷為替手形面記載の金額を請求できるのみで、再買取代金に対する右支払の日から買戻しの日までの遅延損害金は請求できないことが認められ、右事実に照らしても、被告が昭和六〇年一二月二八日から昭和六二年一一月五日までの遅延損害金を負担すべきという前記結論は、是認できる。

四  よって、原告の被告に対する本訴請求は、金五万五三四七・〇九米国ドルの遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀岡幹雄 裁判官 中路義彦 村田龍平)

〈以下省略〉

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